取材・写真協力:静岡河川事務所

人と自然を支える大井川

大井川の下流の景色を見て、この辺りが工業地帯であるというイメージを持つ人も多いのでは?それもそのはず、ここは静岡市と浜松市のほぼ中間に位置し、近くには東名高速道路吉田ICと大井川焼津藤枝スマートICが控え、さらに、新東名高速道路や富士山静岡空港に隣接する優れた交通の利便性は、産業や流通の拠点にぴったりなのだ。また、広大で平坦な地形と、大井川水系の豊富な地下水も、企業にとって生産性を向上させる大きな原動力になっている。しかし、大井川の恩恵を授かっているのは人間だけではない。視点を変えて、よく観察してみると、あちらこちらに動植物の姿が見えてくる。下流部を上空から眺めてみよう。流路が網状になっている。それはこの河川が急流で土砂の流出が多く、流路が安定しないためである。また、大井川下流部には砂礫河原が形成され、瀬や淵、ワンド(川の淀み)などの多様な河川環境が生まれ、そこにはコゴメヤナギなど川辺を好む植物が生い茂り、様々な野鳥が集まってくる。海水と淡水が混ざり合う汽水域は、アユをはじめとした回遊性魚類たちの出入り口に。つまり、大井川の下流部は、動植物の最適な生息場所となっているのだ。
一方、河川へのゴミ捨てや、外来種の繁茂など、大井川の自然を揺るがす問題も尽きない。私たちには、今も昔も暮らしを支えられてきた大井川を守る義務があるはず。長期的に向き合うべき課題の1つだろう。
3月下旬から4月にかけて、川の中では稚アユが遡上し始め、陸地ではハマシギ、アオアシシギ、イカルチドリや、ヒバリなどが見られるようになる。左岸には大井川河口野鳥園という施設もある。ぜひ、大井川の身近な自然を体感しに出かけてみてはいかがだろう。

今年の2月9日に晴れて藤守の田遊び伝承館が完成(大井八幡宮隣)。
[問合せ] 焼津市歴史民俗資料館 ℡/054-629-6847 休/月(祝日の場合は翌平日)

藤守の田遊び (旧大井川町)

毎年3月17日に大井八幡宮で行われる神事である。その年の豊作を願って稲作の過程を表現した25番の舞と番外が、氏子の中でも未婚の青年によって奉納される。なんとその歴史は1000年以上にもなり、国の重要無形民俗文化財に指定されていて、毎年遠方から訪れる見物客も多い。「藤守の田遊び」保存会会長の加藤さんも、青年時代にこの演舞を舞った1人だ。現代は神事が近づくと毎夜集まって練習が行われるが、昔は布団に大根や味噌、米などを持参し、大井八幡宮に10日間こもりきりで身を清め、準備を進めたらしい。食事はご飯と大根の味噌汁だけを朝晩の2回摂り、毎日川で禊をし、太鼓を叩きながら神社から海まで歩いてまた海水で身を清めた。「神社の鳥居の前に駄菓子屋があったんだけど、火の通ったものは食べられない決まりがあったから、リンゴやスルメをお菓子代わりに食べたんだよ」。「海では先輩がいたずらで着物を隠したりして、寒かったなぁ」。10代の頃を振り返れば当時は少し辛かったかもしれない経験も、笑ってそう話してくれる今の加藤さんにとっては全ていい思い出として残っているようだ。全国各地に田遊び、もしくは田踊りという似たような神事が存在するものの、藤守の田遊びのように華やかなものは多くはない。一番の見所は21番組目の猿田楽で、豊作の象徴と考えられている桜を模したショッコと呼ばれる飾りをかぶって8人で舞う舞台。大人と同じくらいの身長の飾りを頭にかぶって踊る姿はきっと見事だろう。この3月、ぜひとも足を運んでみたい祭ごとである。

源平一の谷の戦いの平敦盛。馬に乗った武将の姿の絵は全国的に珍しいそう。
[問合せ] 吉田町観光協会事務局(吉田町役場産業課内) ℡/0548-33-2122

住吉凧 (吉田町)

時は戦国時代、遠州地方攻略を目論む甲斐の武田信玄の拠点が置かれた小山城の周辺では、武田勢と徳川勢の領地争いが繰り広げられていた。武田方、小山城城主の大熊備前守長秀率いる軍勢は長引く戦いに食料も尽きかけ、疲弊していた。その危機に援軍がかけつけたのだが、大井川の対岸まで辿り着いたものの、連日の豪雨で川が氾濫し、どうにもこうにも渡ることができない。そこで考えを廻らせた長秀は、部下に命じて大凧を作らせ、これに密書を託し、日が暮れてから空へと飛ばした。凧には弓玄がつけられ、唸り音を発し、暗闇でも味方に場所を知らせる工夫が施され、連絡は見事に成功。これが住吉凧の起源である。
以降、吉田町の郷土玩具となった住吉凧の伝統を引き継ぐのは、「吉田町住吉凧の会」だ。二代目会長の柴原さんは、7つの頃から凧揚げに親しみ、大好きな絵も描けるとあって凧作りに携わるようになった。もう30年以上になる。骨組みにする竹は80年ものを使い、絵付けをした和紙と骨組みをくっつきやすくさせるために昭和時代の柔らかい古紙を骨に巻いたりと、随所にこだわりがある。和紙は埼玉の文化財にもなっている小川和紙が最高なのだとか。自分の足で買い付けに行き、触って、口に含んでから破り、楮(こうぞ)の強度を確かめる。染料がきれいに発色するかどうかも大事なポイントだ。全国の凧揚げ大会にもかけつけるため、凧界における顔も広い。5月には吉田町凧揚げまつりが開催される。ブォオンと唸りながら勢いよく空に舞いがる住吉凧の姿が待ち遠しい。