生まれ変わった東静岡駅周辺

昨年、平成5年度より着手されていた東静岡駅周辺土地区画整理事業を完了した東静岡駅周辺。電柱のない広い空に、色鮮やかな遊具が特徴的な池田東静岡公園やカラフルな石張りで舗装された歩道、街路樹の緑が、明るい街並みを演出している。実はこちらのエリア、開発前は広大な貨物駅があり、工場や倉庫等が混在する工業地域だった。また、今は県の整備した大谷川放水路により被害もなくなったが、河川の氾濫による水害に見舞われた歴史もある。そんな貨物駅跡地が、この25年にわたる区画整理事業のもと、市や県、民間業者の大きな投資による新しい駅や居住エリア、商業エリアの誕生と共に、人の集まる地域として生まれ変わったのだ。平成25年に開通した東静岡大橋に代表されるエリア内の巨大な建造物は、地盤の軟弱な箇所を克服するため地下40~60メートルにも及ぶ基礎に支えられている。東静岡駅一帯が、商業地域として賑わうようになった裏にはそんな大規模な工事があった。
新都市拠点としてスタートを切ったばかりの東静岡駅周辺は、既に次なる構想が浮上中だ。「文化力の拠点」をコンセプトに、現在、グランシップの駐車場として利用されている場所に、県立中央図書館をはじめ、民間の商業施設などを盛り込んだ施設を建設するというもの。県の文化を発信するとともに、多くの人々の憩いの場となることが期待されている。これからの発展がますます楽しみなエリアだ。

必勝の神様、八幡神社

静岡の街中にこんもりとそびえ立つ八幡山。その麓には推古天皇5年(597年)に建立されたと伝わる八幡神社が鎮座している。八幡神社は遡ること平安時代に、源氏の守護神として崇め奉られていた。特に、石清水八幡宮で元服し、多くの武功を立てた弓矢の名手、源義家が八幡神の申し子「八幡太郎」と称されていたことは有名で、その伝承が八幡信仰を各地の武士や庶民の間により浸透させていった。当社も義家が改宗したと伝わっている。また、戦災で焼けてしまったが、かつてあった楼門は家康が奉納したものと伝わり、現存する境内の狛犬も、久能山東照宮御鎮座三百年大祭に奉納されたもので、葵の御紋が刻まれている。家康の故郷、岡崎市のみかげ石と富士山の石を使った珍しいものだ。このことからも分かる通り、八幡神社は平安時代以降も今川、武田、徳川などの源氏の末裔の武将たちに崇敬され続けてきた。そして、さらに時代が進むとそれは一般の人々にとって「必勝の神様」として奉られるようになる。境内には「日露戦争」「支那事変」「大東亜戦争(第二次世界大戦)」などで戦死した郷土の人々を弔う慰霊碑が今も立ち並んでいるが、戦時中にも人々の心を支えたに違いない。今は地元の氏神様として親しまれている八幡神社。受験やスポーツなど、ここぞという勝負事のときは、ぜひ参拝に訪れたい。

小鹿商店会

小鹿商店街には、そのトレードマークであるバンビをモチーフにした「バンビスタンプ」がある。「バンビを貯めてハッピーになろう」という買物システムだ。加盟店で買物をすると、100円ごとにバンビスタンプを1枚もらえ、400枚集めると500円分の買物券として利用できる。もらったスタンプ1枚1枚を台紙にペタペタと貼る、その地道な作業は意外とクセになるようで、繰り返し利用する人も多いのだとか。バンビスタンプは商店街の活性化に加え、「顔の見える地域づくり」にも一役買っている。商店街を通して地域の連帯感が増せば、まちの安全にも繋がっていく、という考え方だ。商店街会長の羽田さんは、「小鹿商店街は皆仲が良くてね、大きなイベント事はあまりないけど、懇親会も多いし、楽しく続けられたらいいと思っているよ」と語る。可愛いバンビマークの小鹿商店街は、おおらかでアットホームな商店街だった。